MUSE CREATION Charitable Trust [NGO]

LOVE & HOPE, NO BORDERS 🌏 国境を越えて、愛と希望。

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

  • 8月上旬に開催する日印こども壁画交流プロジェクト。ソーシャルメディアでは2週間前に告知したばかりだが、今年に入って少しずつ、準備を重ねていた。金曜日は、舞台となるEKYAスクールのByrathi校でミーティング。これまで幾度か訪れてきたが、今回は壁画が描かれる壁の準備の進捗を確認する。

    折しも、学校の校舎全体の塗り替え時期と重なっていたことから、壁画となる壁のコーティングや、下地の塗装も速やかに準備してもらえている。薄い水色の具合を確認。この壁をキャンバスに、こどもたちが全身で描く様子が脳裏に浮かぶ。

    画家の西森禎子氏より、あらかじめ参加する20数名のこどもたちの画力を知りたいということで、絵を描いてもらうよう依頼していた。それを受け取り、日本へ発送する。これまで半世紀以上に亘り、「ゼロの誕生」をテーマに作品を手掛けられていた西森氏。彼女からの依頼に基づき、以下のようなリクエストのもと、描いてもらった。その作品の数々を目にして、すでに、心が沸き立つ。絵の裏には説明を書いてもらっているので、背景もよくわかる!

    これら絵を展示するだけでも、一つのプロジェクトになりそうで、すでに、とてもうれしい。一旦、すべてを日本に送るが、またインドに持ってきてもらい、プロジェクト最終日の『日本まつり』にて、展示しようと思う。

    India, where the concept of ‘0’ was born, is a country that reminds us of the ‘birth of life’ since ancient times. With this in mind, please draw a picture you would like to paint based on the following matters.

    1. A natural scene that evokes the image of ‘birth of life’.

    2. The world of Indian epics

    3. Indian folk costumes and traditional life

    4. Festivals and rituals symbolising India

    5. Typical Indian crops (vegetables, fruits and grains)

    6. Animals and birds typical of India

    7. Industry in India (Bangalore) for the future. For example, aerospace, technology, sustainability, etc.

    現在、実行委員会のメンバーも増え、支援金も少しずつ集まり、協力の輪が広がり始めている。EKYAスクールの先生方によると、こどもたちや保護者からの期待が大きいとのこと。Byrathi校だけでなく、他の5校の生徒や保護者たちも『日本まつり』に参加される予定で、みな、とても楽しみにしてくれている。

    「こどもが主役」の同プロジェクトを通して、日本とインドの文化交流が育まれることを強く願う。残すところ1カ月余り。いよいよ本腰を入れる時機だ。近々、新しいフライヤーも作成し、こちらにもシェアする予定。なお、2週間前にシェアした企画書の1ページ目。しかしあれから、後援 (Supporter)も、少しずつ増えている。出展/出店者、演者たちも着実に集まっている。

    💝引き続き、みなさまからのご協力をお待ちしています。

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  • 嗚呼。怒涛のバスルームズ改築工事は終わりが見えるようで見えなくて、もう、「人生ってなに?」と問いたくなるような毎日を送っているが、それなりに、元気です。🤯

    夫は現実逃避を兼ねての出張旅@デリー宅。猫らはブルーシートに覆われた異空間に興奮し、特にボーイズは庭に出していても破壊されたバスルームの窓から侵入して家の随所に隠れるなど、更なるトラブルを創造してくれる。本当に、勘弁して欲しい。

    平日の外出は最低限、先週、今週と、日曜日は「日帰り」で新居へ行き、簡単に掃除をして、午後はSTUDIO MUSE(ミューズ・クリエイションの活動日)としている。

    『壁画交流プロジェクト』の最終日に実施する『日本まつり』では、チャリティ・バザールを行うので、そのための作品作り。それに加えて、ステージパフォーマンスの一環として、ダンスも披露する。

    地下の「多目的すぎるホール」。現在の主役は雛人形。彼らに見守られながらのダンス練習。なかなかにシュールな情景だ。

    「初心者でも簡単に踊れるから、気軽にね〜」

    とか言ってる割に、音楽が流れ始めると、本気スイッチが入る我。

    「肘の力、抜いて!」「身体の角度、もうちょっと前に!」

    とか、ついつい指示出しをしてしまう体育会系を許せ。人に教えるとなると、わたしも本気モードとなって、普段よりもテキパキと練習するから、汗が流れる。いい運動だ。

    ともあれ、初練習にもかかわらず、コツを掴んでもらえてGreat! あとは自主練で覚えればノープロブレムという感じ。

    手工芸チームも、自宅作業用に布を選んで裁断してもらったり、書道短冊の短冊作りをしてもらったり、諸々、進展があった。特に、以前、日本で購入していた「コットンパール」の大量の素材が、ようやく形になりそうで、うれしい。

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  • MuralProject_A

    この8月、ミューズ・クリエイション(NGO)は日本とインドの子どもたちによる壁画交流プロジェクトを非営利で実施する。インド移住以来、大小のイヴェントやバザール、展示会を実施してきたが、今回は従来とは異なる経緯だ。
     
    わたしは大学3年のとき、図らずも大学祭実行委員長を引き受けた。実行委員会結成から大学祭当日に至るまでの約半年間の活動は、その後の自分の人生に、大きな影響を与えた。
     
    今回のイヴェントも「図らずも」から始まったが、すでに有意義な過程を進んでいる。遍く物事、「結果」だけではなく「契機」や「過程」が大切だ。その事実を共有するためにも、長くなるが背景を記録する。
     
     
    【概要】
     
    壁画交流プロジェクトは、横浜在住の画家、西森禎子氏が主宰するICFA(国際児童親善友好協会)からの依頼を受けて運営するものだ。
     
    日本からは、子どもたち7名を含む11名が来訪、バンガロールのEKYAスクールByrathi校の子どもたち20数名と共に、5日間かけて巨大な壁画を完成させる。8月10日(日)には、壁画の完成を祝し「日本まつり」を開催。バンガロールに6校を擁するEKYAスクールの関係者やバンガロール在住日本人を招き、両国の文化や芸術を共に体験する場を創造する。
     
    西森禎子氏は、1968年から1972年までのパリ在住時に児童画の交流活動を開始。パリで伴侶となるアート・ミーム劇団パフォーマーの西森守氏と出会い、長女を出産。娘を負ぶいながら、命をテーマに描いた渾身の作品「ZEROの誕生」がサロン・ドートンヌに入選し、パリ国立グランパレ美術館に展示されるという経歴を持つ。
     
    彼女は日本帰国後も「ZEROの誕生」をテーマにした活動を継続。ICFAでは、過去約45年間にわたり、横浜、メキシコシティ、上海、サンディエゴなど世界各地13カ所で壁画交流を行い、多くの子どもたちに影響を与えてきた。
     
     
    【背景】
     
    昨年8月、わたしは知人からの紹介で、バンガロールへ視察旅行に来ていた西森氏と関係者にお会いした。当初はバンガロール入りされた翌日に、一度お会いするだけの予定だったが、その後、世界遺産のハンピを旅されたあと、帰国の途に着く途中で拙宅に立ち寄られた。
     
    数年前に他界された西森守氏から、インド、しかもハンピへ行くことを勧められていたという。インドの二大叙事詩『ラーマーヤナ』に登場する猿の神様ハニュマーンの生まれ故郷でもあるハンピは、わたしも大好きな場所。新居のホールに掛けている絵画はハンピの寺院を描いたものだ。
     
    半世紀以上「ZEROの誕生」というテーマで絵筆を握られてきた西森氏が、「ゼロ」の概念が誕生したとされるインドで、ぜひプロジェクト実現したいという。その情熱は、強く伝わった。もちろん、壁画交流プロジェクトの歴史や主旨にも共感を覚えた。
     
    「30mの壁と塗料、子どもたちのホームステイ先、そして一緒に絵を描いてくれる子どもたちがいれば……」
     
    お気持ちはわかるが、やすやすと引き受けられることではない。
     
    過去は、各国の関係者から招待される形で実現したとのことで、現地での経費はかからなかったという。しかし、今回のケースは異なる。バンガロールで実施するに際しての予算はない。
     
    正直なところ、迷った。しかし、やることになるだろうことは、心の隅でわかっていた。自分の心一つだ。今年は還暦を迎えることもあり、自分のライフを見直すべく仕事や旅行を減らしている。時間はある。
     
    この時機に巡り来たご縁。
     
    このご縁を未来に繋げるのも自分の役割かもしれない。ミューズ・クリエイションの一大プロジェクトとして実現しようと決めた。
     
     
    【始動】
     
    「30mの壁」を提供してくれそうな友人は数名いる。優先順位を決めかねていたある夜、クリスマスパーティで、EKYA Schoolsの校長であるTristhaに会った。グラス片手に挨拶を交わして直後、彼女に「30mの壁が必要なんだけど……」と切り出し、簡単に主旨を説明。即座に「Done」と彼女。その瞬間から、プロジェクトは動き始めた。
     
    年明けに企画書を作り、舞台となるEKYA School Byrathi校を訪問。関係者とお会いし、正式にの協力を得た。ミューズ・クリエイションが支援を続けているNew Ark Missionのすぐ近くに位置しており、空港にも比較的近い。個人的にも旧居と新居の間にあるなど地の利がいい。
     
    ホームステイはあらゆる側面においてリスクが高いため、EKYA Schoolsの系列であるCMR大学のゲストハウスを廉価で提供してもらえることになった。学校から車で15分程度と、これもまた便利なロケーション。これらを決める過程においても、学校関係者と日本とのご縁がいくつも明るみとなり、導かれていることを感じた。
     
    ところでわたしは、20歳のとき初めて海外へ飛び、ロサンゼルスで1カ月間ホームステイをした。その夏の経験が、我が人生にコペルニクス的転回を与えたがゆえ、ホームステイの有意義は理解している。しかし、流石にそのコーディネーションまでは責任を持てない。11人が一緒に過ごせる真新しいゲストハウスを使わせてもらえる方がありがたいと判断した。(コメント欄に続く)
     
    その後、ベンガルール国際空港のCEOであるHariと妻のYashoが拙宅へ遊びに来た際、資料を見せつつ主旨を説明。芸術と緑、テクノロジー、サステナビリティが調和した「ターミナル2」の見学ツアーを依頼したら、快諾してくれた。また日本航空便で深夜到着する一行のホテル選びを相談したところ、翌日には、空港敷地内唯一のホテルであるTaj Bangaloreを格安で提供してもらえることとなった。日本チームは全員女性だということもあり、安全性も重視したいところ。深夜の移動は避けたかったので、これも本当にありがたい。
     
     
    【結成】
     
    ある程度の方向性が見えたことから、ミューズ・クリエイションのWhatsAppコミュニティで声をかけ、実行委員会を結成した。22名の有志を得られたことから、『日本まつり』運営の可能性が広がった。当初は壁画の完成式典をしたいとの依頼だったが、せっかくの機会なので、わたしは『日本まつり』をしたいと思った。日本とインドの芸術や文化に関する展示や、ステージパフォーマンスなどを計画している。外部からの出店や出展を促すことで、ファンドレイジング(資金調達)をする狙いもある。
     
    5月中旬には、在ベンガルール日本国領事館より「後援」の承認をいただけたことから、フライヤーにロゴを掲載。そこから少しずつ、関係者への協力依頼を開始してきた。
     
    現在、友人Anjumの計らいにより、壁画で最も重要な塗料を「ASIAN PAINTS」から割引購入できることになった。壁画の肝となる塗料は、たとえ予算がかかっても高品質のものを選ぶべきだと思っていたので、とてもありがたい。
     
    数日前には、バンガロール日本人会からの協力も得られ、更には期間中、日本チームの移動を担うべく、「第一交通 DAIICHIKOUTSU」が車両2台の提供を申し出てくれた。インドと日本、双方から、この文化的な交流に対して意義を見出し、協調を得られていることを、心からうれしく思う。
     
    基盤は整った。
     
    必要経費を賄えるだけの資金調達は今後の課題だが、まずはバンガロール在住の多くの日本人の方々にこのプロジェクトを知っていただき、何らかの形で協調してもらえることを願っている。
     
    今後は、実行委員はじめ、周囲の方々の支援を受けつつ動く。個人的には、久々にステージパフォーマンスに参加するので「歌い踊る」練習を始めているところだ。🎤💃
     

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    この8月、ミューズ・クリエイション(NGO)は日本とインドの子どもたちによる壁画交流プロジェクトを非営利で実施する。インド移住以来、大小のイヴェントやバザール、展示会を実施してきたが、今回は従来とは異なる経緯だ。

    わたしは大学3年のとき、図らずも大学祭実行委員長を引き受けた。実行委員会結成から大学祭当日に至るまでの約半年間の活動は、その後の自分の人生に、大きな影響を与えた。

    今回のイヴェントも「図らずも」から始まったが、すでに有意義な過程を進んでいる。遍く物事、「結果」だけではなく「契機」や「過程」が大切だ。その事実を共有するためにも、長くなるが背景を記録する。

    【概要】

    壁画交流プロジェクトは、横浜在住の画家、西森禎子氏が主宰するICFA(国際児童親善友好協会)からの依頼を受けて運営するものだ。

    日本からは、子どもたち7名を含む11名が来訪、バンガロールのEKYAスクールByrathi校の子どもたち20数名と共に、5日間かけて巨大な壁画を完成させる。8月10日(日)には、壁画の完成を祝し「日本まつり」を開催。バンガロールに6校を擁するEKYAスクールの関係者やバンガロール在住日本人を招き、両国の文化や芸術を共に体験する場を創造する。

    西森禎子氏は、1968年から1972年までのパリ在住時に児童画の交流活動を開始。パリで伴侶となるアート・ミーム劇団パフォーマーの西森守氏と出会い、長女を出産。娘を負ぶいながら、命をテーマに描いた渾身の作品「ZEROの誕生」がサロン・ドートンヌに入選し、パリ国立グランパレ美術館に展示されるという経歴を持つ。

    彼女は日本帰国後も「ZEROの誕生」をテーマにした活動を継続。ICFAでは、過去約45年間にわたり、横浜、メキシコシティ、上海、サンディエゴなど世界各地13カ所で壁画交流を行い、多くの子どもたちに影響を与えてきた。

    【背景】

    昨年8月、わたしは知人からの紹介で、バンガロールへ視察旅行に来ていた西森氏と関係者にお会いした。当初はバンガロール入りされた翌日に、一度お会いするだけの予定だったが、その後、世界遺産のハンピを旅されたあと、帰国の途に着く途中で拙宅に立ち寄られた。

    数年前に他界された西森守氏から、インド、しかもハンピへ行くことを勧められていたという。インドの二大叙事詩『ラーマーヤナ』に登場する猿の神様ハニュマーンの生まれ故郷でもあるハンピは、わたしも大好きな場所。新居のホールに掛けている絵画はハンピの寺院を描いたものだ。

    半世紀以上「ZEROの誕生」というテーマで絵筆を握られてきた西森氏が、「ゼロ」の概念が誕生したとされるインドで、ぜひプロジェクト実現したいという。その情熱は、強く伝わった。もちろん、壁画交流プロジェクトの歴史や主旨にも共感を覚えた。

    「30mの壁と塗料、子どもたちのホームステイ先、そして一緒に絵を描いてくれる子どもたちがいれば……」

    お気持ちはわかるが、やすやすと引き受けられることではない。

    過去は、各国の関係者から招待される形で実現したとのことで、現地での経費はかからなかったという。しかし、今回のケースは異なる。バンガロールで実施するに際しての予算はない。

    正直なところ、迷った。しかし、やることになるだろうことは、心の隅でわかっていた。自分の心一つだ。今年は還暦を迎えることもあり、自分のライフを見直すべく仕事や旅行を減らしている。時間はある。

    この時機に巡り来たご縁。

    このご縁を未来に繋げるのも自分の役割かもしれない。ミューズ・クリエイションの一大プロジェクトとして実現しようと決めた。

    【始動】

    「30mの壁」を提供してくれそうな友人は数名いる。優先順位を決めかねていたある夜、クリスマスパーティで、EKYA Schoolsの校長であるTristhaに会った。グラス片手に挨拶を交わして直後、彼女に「30mの壁が必要なんだけど……」と切り出し、簡単に主旨を説明。即座に「Done」と彼女。その瞬間から、プロジェクトは動き始めた。

    年明けに企画書を作り、舞台となるEKYA School Byrathi校を訪問。関係者とお会いし、正式にの協力を得た。ミューズ・クリエイションが支援を続けているNew Ark Missionのすぐ近くに位置しており、空港にも比較的近い。個人的にも旧居と新居の間にあるなど地の利がいい。

    ホームステイはあらゆる側面においてリスクが高いため、EKYA Schoolsの系列であるCMR大学のゲストハウスを廉価で提供してもらえることになった。学校から車で15分程度と、これもまた便利なロケーション。これらを決める過程においても、学校関係者と日本とのご縁がいくつも明るみとなり、導かれていることを感じた。

    ところでわたしは、20歳のとき初めて海外へ飛び、ロサンゼルスで1カ月間ホームステイをした。その夏の経験が、我が人生にコペルニクス的転回を与えたがゆえ、ホームステイの有意義は理解している。しかし、流石にそのコーディネーションまでは責任を持てない。11人が一緒に過ごせる真新しいゲストハウスを使わせてもらえる方がありがたいと判断した。

    その後、ベンガルール国際空港のCEOであるHariと妻のYashoが拙宅へ遊びに来た際、資料を見せつつ主旨を説明。芸術と緑、テクノロジー、サステナビリティが調和した「ターミナル2」の見学ツアーを依頼したら、快諾してくれた。また日本航空便で深夜到着する一行のホテル選びを相談したところ、翌日には、空港敷地内唯一のホテルであるTaj Bangaloreを格安で提供してもらえることとなった。日本チームは全員女性だということもあり、安全性も重視したいところ。深夜の移動は避けたかったので、これも本当にありがたい。

    【結成】

    ある程度の方向性が見えたことから、ミューズ・クリエイションのWhatsAppコミュニティで声をかけ、実行委員会を結成した。22名の有志を得られたことから、『日本まつり』運営の可能性が広がった。当初は壁画の完成式典をしたいとの依頼だったが、せっかくの機会なので、わたしは『日本まつり』をしたいと思った。日本とインドの芸術や文化に関する展示や、ステージパフォーマンスなどを計画している。外部からの出店や出展を促すことで、ファンドレイジング(資金調達)をする狙いもある。

    5月中旬には、在ベンガルール日本国領事館より「後援」の承認をいただけたことから、フライヤーにロゴを掲載。そこから少しずつ、関係者への協力依頼を開始してきた。

    現在、友人Anjumの計らいにより、壁画で最も重要な塗料を「ASIAN PAINTS」から割引購入できることになった。壁画の肝となる塗料は、たとえ予算がかかっても高品質のものを選ぶべきだと思っていたので、とてもありがたい。

    数日前には、バンガロール日本人会からの協力も得られ、更には期間中、日本チームの移動を担うべく、「第一交通 DAIICHIKOUTSU」が車両2台の提供を申し出てくれた。インドと日本、双方から、この文化的な交流に対して意義を見出し、協調を得られていることを、心からうれしく思う。

    基盤は整った。

    必要経費を賄えるだけの資金調達は今後の課題だが、まずはバンガロール在住の多くの日本人の方々にこのプロジェクトを知っていただき、何らかの形で協調してもらえることを願っている。

    今後は、実行委員はじめ、周囲の方々の支援を受けつつ動く。個人的には、久々にステージパフォーマンスに参加するので「歌い踊る」練習を始めているところだ。🎤💃

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    【ミューズ・クリエイションが支援する慈善団体】  

    01. ニューアーク・ミッション 〜ホーム・オブ・ホープ〜

    オートリクショーのドライヴァーだったラジャという男性が、路上で瀕死の状態の人々を自宅に引き取り、世話をしはじめたのがはじまり。1997年、マザーテレサが亡くなった年のことだ。彼自身、ストリートチルドレンの出自で、盗みなどをして生きていた時期があり、投獄されたこともあった。そんな彼が改心し、世の中で虐げられた人々を救済すべく自ら活動を始めた。以来、無数の命を引き受け、手当てし、最期の時を過ごす場を提供し続けている。

    現在、路上に打ち捨てられ、記憶を失った、半ば恍惚の人々が、子供達を含め750名ほど暮らしている。毎日、誰かが拾われてきて、毎日、誰かが死んでいる。人間の生き死にが日常の場所だ。毎日の食事の準備、入居者の入浴、掃除などだけでも、大変な労働力が要されるが、行政支援はなく、すべてが個人あるいは企業の支援から成り立っている。「過去の訪問記録」をご覧いただくとわかる通り、ミューズ・クリエイションでも最も頻度高く訪れている場所。バンガロールにある慈善団体の中では、最も金銭的、物理的支援が望まれている場所の一つだと考えられる。(2019年4月)

    -Running a home for destitute & dying people who are picked up off the streets of Bangalore.
    -Provides medical treatment, long-term rehabilitation & a dignified place to end their days.

    Volunteer Opportunities
    -Help with bathing & grooming residents.
    -Entertaining residents.
    -Donation.

    ➡︎www.newarkmission.org

    【過去の訪問記録】

    すべての記録に、同行したメンバーや外部参加者の「感想文」が転載されています。現場の状況がリアルに伝わる貴重な記録です。ぜひご一読ください。

    ◉ミューズ・クリエイション11周年を迎えて、これもまた一つの節目。(2023)
    ➡︎https://museindia.typepad.jp/mss/2023/06/ypo.html

    ◉New Ark Mission ~Home of Hope~ 創始者、Rajaの半生を、聞く。改めて、学ぶ。(2023)
    ➡︎https://museindia.typepad.jp/mss/2023/05/raja.html

    ◉「点(今)」を見るだけではわからない。線(歴史)をたどって今を知ることの大切さを再確認。訪問14回目にして初心に返る。(2023)
    ➡︎https://museindia.typepad.jp/mss/2023/02/nam.html

    ◉CSRというよりは、大人の社会科見学。日系企業の社員と共に、子供と遊ぶ。(2022)
    ➡︎https://museindia.typepad.jp/mss/2022/04/nam.html

    ◉1年半ぶりの慈善団体訪問。希望の家/ニューアーク・ミッションへ。(2021)
    ➡︎https://museindia.typepad.jp/mss/2021/10/newark-1.html

    ◉日系企業のCSR寄付金を託しにニューアーク・ミッションへ(2020)
    ➡︎https://museindia.typepad.jp/mss/2020/03/csr.html

    ◉土曜の午後。「希望の家」の子どもらと、一緒に遊ぶ(2019)
    ➡︎https://museindia.typepad.jp/mss/2019/05/newark.html

    ◉「死」が日常の世界へ、束の間。(2019)
    ➡︎https://museindia.typepad.jp/mss/2019/03/newark.html

    ◉医療に携わる日本人駐在員と、生死渦巻く慈善団体へ。(2018)
    ➡︎https://museindia.typepad.jp/mss/2018/08/hoh.html

    ◉百聞は一見に如かず。訪れておきべき場所のひとつにて。(2018)
    ➡︎https://museindia.typepad.jp/mss/2018/03/newark.html

    ◉「希望」とは何だろう。死を待つ人らが暮らす家。(2017)
    ➡︎https://museindia.typepad.jp/mss/2017/07/newarkmission.html

    ◉身よりなき子らと遊ぶ週末。「端緒」としてのミューズ(2016)
    ➡︎https://museindia.typepad.jp/mss/2016/03/newark2016.html

    ◉その「愛」はどこから? 生と死が渦巻く場所で。(2015)
    ➡︎https://museindia.typepad.jp/mss/2015/08/newark.html

    ◉救出されたホームレスの人々が暮らす場所へ。(2013)
    ➡︎https://museindia.typepad.jp/mss/2013/10/newark.html

    ◉ホームレスの人々を救済 NEW ARK MISSIONへ。(2011)
    ➡︎https://museindia.typepad.jp/mss/2011/01/hope.html

  • S3

    わたしは、2007年から、少しずつ社会貢献活動を始めた。2012年にはミューズ・クリエイションを結成、バンガロール在住の主に日本人賛同者を募っての活動に移行した。パンデミック時代前は、毎週金曜日を活動日とし拙宅を開放。メンバーと共に歌ったり踊ったり、手工芸をしたり……と楽しんできた。チャリティバザールなどを開催して作品を販売、イヴェントでパフォーマンスを披露する。販売利益はすべて、数カ月おきに訪問する慈善団体に寄付してきた。のべ228名のメンバーと過ごした時間は、本当に有意義だった。

    パンデミック以降も、WhatsAppでミューズ・クリエイションのコミュニティを作り、イヴェントに応じてグループを作って賛同者を募り、地道に活動を続けている。わたしから声をかけるだけでなく、メンバーからの申し出を受けて、慈善団体訪問を実施している。能動的に社会を見る機会を作ろうとする人たちがいることは、本当にうれしいことだ。ゆえに希望があれば、速やかに活動が実現するよう、サポートを心がけている。

    大人だけではなく、子どもたちが参加するのはよりいっそう、すばらしい。子どもの個性によっては、親の配慮は不可欠だが、できることならば、インドだからできる多くのことに挑戦してほしい。

    さて、昨年8月、NEW ARK MISSIONへの訪問を希望してくれたEMIさんが、今回ご友人とその子どもたちと共に、再訪された。そのときの様子をレポートしてくださったので、ここにシェアする。特に子どもたちの描写には、心を打たれた。子どもは希望だ。

    せっかくなので、わたしがニューヨーク在住時からテーマのひとつとしてきた、「異国で子どもを育てるということ」に関する記事のリンク(必読!)も、下部に貼っておく。自分の子どもはいないけれど、思うところはたくさんあるから。

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    【NEW ARK MISSION OF INDIA 訪問のご報告】

    このたび、ヨガメンバーと共に、NEW ARK MISSION OF INDIAを訪問しましたので、その様子をご報告いたします。

    当日は朝11時ごろから、施設のための食料品を購入するため、近くのサンデーマーケットへ向かいました。今回の買い物には子供たちも参加してくれました。暑さのなか、800人分の食料を想像しながらの買い物は決して簡単ではありませんでしたが、子供たちと「じゃんじゃん買って!」と声をかけ合いながら、地元のお店の方々とのやり取りを楽しみ、活気あふれる時間となりました。市場の方々も、日本人の子供たちを笑顔で温かく迎えてくださり、よい交流ができました。

    施設に到着すると、事前に連絡を取ってくださっていたDivyaさんをはじめ、スタッフの皆さんが笑顔で迎えてくださり、以前訪れたときよりも施設全体が明るく、穏やかな雰囲気に包まれていました。

    持参したビスケットについては、子供たちのほうから「自分たちで配りたい」との提案があり、初めて訪れたとは思えないほど積極的に行動してくれました。最初は緊張していた子供たちも、チャイをご馳走になったことで徐々にリラックスし、「美味しいです」とスタッフの方々に声をかける姿も見られました。施設の中を見学したいという声も上がりましたが、今回は予定がなかったため遠慮させていただきました。それでも、どの子も本当に立派な振る舞いを見せてくれました。

    私の感想です。今回、私は我が子も一緒に連れて行きました。施設滞在中、彼女の様子が気になりつつ見守っていました。帰り際にとても印象的な場面に立ち会いました。笑顔で近づいてきたおばあさんが、声は出せないものの、彼女の顔や頭を優しく撫でながら、何かを一生懸命伝えようとしていました。私は我が子が怖がってしまわないか心配でしたが、彼女はまったく怖がることなく、「伝えたい思いがあったんだ」と自然に受け止めていました。子供の純粋な心の目に、私自身が深く学ばされる思いでした。

    また、お世話になったDivyaさんと皆で握手を交わす場面では、私が片手で握手をしたのに対し、我が子は両手でしっかりと握手をしていました。その姿に、誇らしさと感謝の気持ちがこみ上げ、今回連れてきて本当によかったと心から思いました。

    なお、今回は施設創設者であるRaja氏にもお会いできる予定でしたが、微熱のため面会は叶いませんでした。前回も体調不良でお会いできなかったこともあり、とても心配しています。一日も早いご快復を心よりお祈りしています。

    今回の訪問は、ひとりでは実現できなかったことを、皆さんと力を合わせることで形にできた、かけがえのない経験となりました。ご一緒してくださった皆さまに心より感謝します。

    今後もこのご縁を大切にしながら、支援の輪を広げていけたらと思います。(Written by Emi Maki)

    💝New Ark Mission ~Home of Hope~に関する過去の記録

    🌏異国で子どもを育てるということ/帰国子女との座談会動画/インド生活に有益な情報

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    4週間の福岡滞在を経て、ようやく今日、バンガロールへ帰る。今、成田空港のラウンジにて、長大な記録を書き上げた。その直後、パソコンの妙な不具合で、全部消えた。驚いた。

    今日のところは、多くを語るなということだろう。なにしろ今、やや酩酊状態につき。

    ゆえに、ナマステ福岡2日目の写真だけを載せておく。バンガロールに戻って、今回の稀有な一時帰国と心の旅について、じっくりと記したい。

    初日に着たAshdeenのパールシー刺繍のサリー。そして2日目に着た京友禅サリーにまつわるご縁に満ちたエピソードもまた。

    🌸

    鹿児島、熊本、久留米、東京……。他のご用もおありだったにせよ、予定を合わせて会いにきてくださった方々、本当にありがとうございます。

    一緒に出店してくれた美砂さん、今回もありがとう。

    そしてナマステ福岡主宰者のクマルご兄妹はじめ関係者各位、ありがとうございました。

    🌸

    人間万事、塞翁が馬。

    🌸

    母の白内障手術の伴っての一時帰国だった今回。確かにタフなこともあったが、それを補って余りある有意義。今回の旅でさらに深まった故郷の再発見。それに伴う新たな出会いやビジネス。自らの視点と心境の変化……。29年ぶりの弥生の空。舞い降る桜。

    今年は、人生節目の年であり、日本生活と海外生活が30年ずつと、半分になる年でもあり。

    すべてはカルマ。神の計らいか……とさえ思えるご縁の連なりを実感する。

    実家の掃除中に発見された、さまざまな過去からの声。今まで見つけられなかったのに、出てきた思い出の品々など。

    人生とはずっと種まきの連続で、肉体はさておき、精神は、晩年に花開くものなのかもしれない。最後の瞬間に麗しく開花し、潔く散る桜のように。

    高校時代に国語の参考書にあった大岡信の『言葉の力』というエッセイを思い出す。

    ……ん? 気づいたら、またしても書き込んでいる。今日のところはこの辺で。夫と猫らの待つ我が家に帰ります! 😾😼😺😸🤓

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    4週間の日本滞在、最後の2日間を飾るのは、『ナマステ福岡』。一時帰国を決めた後に、このタイミングで開催されることを知り、参加することにした。

    今回は、福岡一色に染まる、わが日本滞在だ。

    かつてミューズ・クリエイションのメンバーだった友人も手伝ってくれたほか、懐かしき元バンガローリアンの友人たちも来訪。初めてお会いする方、従兄弟や旧友……。

    バンガロールから連れてきた品々を売ることもさることながら、主催者や他のヴェンダーの方々、来訪者……。みなさんと語らうことが楽しかった。バンガロールを目指している若者もいた。飛びたて! と願う。

    🇮🇳

    ところで本日のサリーは、わたしが大好きなパールシー刺繍と絞り染めの組み合わせ。大好きなブランドAshdeenで自分の還暦祝いのために購入した。日本へ来る直前に仕立て上がったので、持ってきた次第。本当は誕生日に着ようと思っていたが、日本の方々に、インドの匠を見ていただきたく、着用した次第。

    「きれいなサリーですね」と多くの方々に声をかけていただいた。大半の方が「日本の生地で作ったんですね」とおっしゃる。インドで有松絞りの浴衣を着ていたら、「バンダーニ(インドの絞り染め)で作ったのね」と言われる。

    わたしが意識的に選んでいるとはいえ、日本とインドのテキスタイルの親和性を思う。

    近々、福岡にはインド領事館が開設される。これからは、より一層、福岡とバンガロールの間でできることが増えそうだ。

    書き残したいこと尽きぬが、明日もまた、早起きして現場入り。今日はこれからお風呂に入って寝ます。

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    Muse Creation (NGO) and Kyoto Yuzen Sarees contributed to the biggest Japan festival in India!

    【音楽について】

    バックグラウンド・ミュージックは、アニメ風味をも感じさせる松田聖子の『Kimono Beat』(1987)を選んでいた。Instagramの投稿時、Kimono Beatを検索したら、中島愛というミュージシャンがカヴァーしているのを知った。松田聖子の声にとてもよく似ている。アレンジも、とてもいい。38年前の音楽が、新しく聞こえる……ということで、こちらを選んだ。

    音と映像を組み合わせる時、しばしば「偶然の一致」が起こる。たとえば、以前、歌詞に「勝利」と出てきた瞬間に、映像の中で「勝利」の短冊を掲げた女性が重なるなど。今回もまた、わたしの大好きな牡丹柄のサリーを映したあたりで「振袖から、牡丹が風に舞う……」という歌詞が重なった。

    音と言葉の調和がすばらしい。情景が思い浮かぶ味わい深い歌詞だ。松本隆の世界には、名作が本当に多いなと、時を経てそう思う。

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    2005年、ちょうどわたしがバンガロールに移住した年から、パンデミック時代を除き、毎年開催されてきた日本祭り「JAPAN HABBA」。HABBAとは、地元カンナダ語で「祭り」を意味する。

    当初は、バンガロールで日本語を学ぶインド人学生有志らにより始められたこのイヴェント。日本にゆかりのある様々なヴェンダーが出店するほか、日本をテーマにしたパフォーマンスが展開されるステージ・プログラムも人気で、年々、その規模を拡大してきた。前回の2023年には、6000人を超える来訪者で賑わうインド最大の日本祭りに成長していた。

    当初は、日本のアニメやゲームを契機に日本に関心を持ち始める若者が多かったが、年々、客層の幅が広がり、熱気も増し続けてきた。20周年となった今回は、会場を広大なパレス・グラウンドにアップグレードしての開催だった。

    2012年と13年、わたしはステージの司会を務めた。また、2013年からは、ミューズ・クリエイションとして毎年参加。メンバーによる手工芸品の販売をはじめ、書道短冊や折り紙のデモンストレーション、またステージでコーラスやダンスを披露するなど、積極的に関わってきた。

    パンデミック明けより、ミューズ・クリエイションの活動内容が変わったことから、前回に引き続き今回も、書道短冊の販売に絞り込んだ。1枚100ルピーの短冊が、飛ぶように売れるのだ。これは単に資金調達が目的ではない。メンバーやそのご家族が、インドの人たちと交流しつつ、書いてほしい言葉や名前を選んでもらい、一文字一文字記していく。その過程が有意義なのだ。

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    当初、わたしはミューズ・クリエイションに専念し、場合によってはステージ・パフォーマンスに向けて何らか編成したいと思っていた。しかし、昨年の終盤、京友禅サリーのプロモーター(ブランド・アンバサダー)を再度お引き受けし、JAPAN HABBAで出展することになったことから、今回はその実現に集中した。

    年末と年始にメンバー有志と集って短冊作りをしたり、京友禅サリーのマネキンやら看板やらを発注するなど、お祭りまではその準備に専心していたのだった。

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    前日の夜に現場入りし、マネキンガールズやポール、看板などの荷物を搬入する。そして翌日は朝7時過ぎに現場での準備を開始。幸い好天に恵まれて暑すぎるほど。ミューズ・クリエイションと京友禅サリーのブースを隣同士にとお願いしていたので、すぐに行き来できるのは便利だった。便利だったが……あまりの来訪者の多さに、その2つのブースと途中のお手洗い休憩以外、他の場所を全く見られなかったのが残念だった。

    なにしろ! タイトルにも記している通り1万5000人の来訪者なのである。本当に圧倒的だった。特にフードコートの混雑たるや!

    ミューズ・クリエイションのブースは5時ごろに閉じ、京友禅は6時ごろに閉じた。書道短冊は、有志のみなさんのおかげで800枚以上が売れ、つまり80,000ルピー以上の売り上げとなった。いつものように、慈善団体への寄付や寄付の品の購入などに使わせていただく。

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    2年前に続いて、今回も、京友禅サリーの発起人である京都工芸染匠共同組合の竹鼻夫妻も、京都からお越しになっていた。JAPAN HABBAのスケールの大きさ、そして若者の多さに圧倒されていた。

    大音響で盛り上がる数々のステージ・パフォーマンスの中、声を枯らしながら京友禅サリーの説明をした一日。我が夫や、こちらで働く女性にサポートをしてもらってなんとか乗り切った。

    今回も、日本に関心を持つインドの方々の多さを「視覚的に」時間できる機会だった。企画運営に関しては、今後どうなるのか諸々の課題があると察せられるが、まずは大禍なく、無事に終了できて本当によかった。

    荷物の片付けやら搬出などがあり、すぐに現場を離れることができなかったが、幸いにもぜひ聞きたかった「竜馬四重奏」の演奏を聴くことができたのがラッキーだった! 昼間は講堂で、夜は屋外でのパフォーマンスが行われたのだ。

    満月のもと、疲労困憊だったにも関わらず、大いに盛り上がって本当に楽しかった。濃い一日だった。関係者各位、本当にお疲れさまでした!

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    🇮🇳🇯🇵 JAPAN HABBA@Bangalore 2022 毎年恒例の日本祭り。ミューズ・クリエイションが参加した10年の軌跡をたどるアルバム