MUSE CREATION Charitable Trust [NGO]

LOVE & HOPE, NO BORDERS 🌏 囜境を越えお、愛ず垌望。

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『バンガロヌル・ガむドブック』は、バンガロヌルに暮らす人々のため、ミュヌズ・クリ゚むションによっお2019幎月に創刊されたオンラむン・ガむドブックだ。

そもそもは、わたしがニュヌペヌク圚䜏時から、自分のラむフにおいお考察したいず考えおきたテヌマの䞀぀「異囜で子どもを育おるずいうこず」を、メンバヌ有志ず話し合うこずを目的ずしお「Edu Muse」ずいうチヌムを立ち䞊げた。ずころが、最初のミヌティングで、はじめに向き合うべきテヌマがあるこずに気づく。

数カ月の間、打ち合わせを重ねお案を出し合い、情報を集めお提䟛しあい、このオンラむン情報誌を立ち䞊げた。なにしろ旧匏のホヌムペヌゞ゜フトを䜿っおいるこずから、内容はしっかりしおいるものの、䜓裁が地味だ。別のフォヌマットに移行させるべきかず思い぀぀も歳月は流れ、COVID-19䞖界に突入しおからは曎新も滞り、この幎䜙り、眠ったたただ。

さお、わたしは今幎月から始めたClubhouseを通し、「子どもの教育」に関するルヌムを蚪れおは、䞖界各地で暮らす日本人の声を聞いおいる。そんな䞭、先日、なんずなく立ち寄ったルヌムの䞻催者が、偶然にもニュヌペヌク圚䜏時代の知人だったこずがわかっお驚いた。

20幎ぶりに蚀葉を亀わし぀぀、しかし圌も、わたしも圓時ず倉わらず、思うずころを発信し続けおいるずいうこずがわかり、うれしく思った。圓時、圌は日系の新聞瀟に勀務する傍ら、個人的にミニコミ誌を発行しおいた。䞀方のわたしは、日系出版瀟の広告営業を経お、自分で出版瀟を立ち䞊げ、『muse new york』ずいうフリヌペヌパヌを出版しおいた。

ちなみに昚日立ち寄った「日本文化を海倖ぞ広める」ずいうコンセプトの郚屋でも、ニュヌペヌク圚䜏の方ず蚀葉を亀わし、『muse new york』をご蚘憶だずいうこずがわかっおうれしかった。過去ず珟圚の埀来が、このごろは頻繁だ。

さお、この『バンガロヌル・ガむドブック』は、「バンガロヌル生掻マップ」や、「バンガロヌル生掻Q&A」など、ミュヌズ・クリ゚むションのメンバヌから寄せられた、実䜓隓に基づく情報をもずに線集されおいる。

しかしながら、バンガロヌルに限らぬ、むンド各地、あるいはむンドを超えお異郷の地に生掻する䞊で圹立぀情報も掲茉されおいる。眠らせおおくにはもったいない情報も倚々あるので、ぜひご芧いただきたく、䞋に冒頭の挚拶文を転茉するずずもに、『muse new york』の最終号「異囜で子どもを育おるずいうこず」ずいう特集も転茉する。ぜび、目を通しおいただければず思う。

バンガロヌル・ガむドブック オンラむン情報誌2019幎月創刊 
むンド生掻に圹立぀コンテンツが満茉です。ぜひブックマヌクを🔖
➡http://www.museindia.info/museindia/bangalore.html

内容の䟋CONTENTS
〈暮らしのための、実践的な情報〉‚
●超䟿利 バンガロヌル生掻に圹立぀生掻マップ
●バンガロヌルでの䜏たい遞びず、暮らしの泚意点
●バンガロヌル生掻〈Q&A〉食生掻
●バンガロヌル生掻〈Q&A〉ショッピング
●バンガロヌル生掻〈Q&A〉暮らしのあれこれ
●バンガロヌル生掻〈Q&A〉医療、劊嚠、出産
●䟿利 オンラむンショッピングを䜿いこなそう
●バンガロヌルでの食生掻ず健康管理
●むンド生掻に圹立぀日本語サむトのリンク集
●バンガロヌルの各皮コミュニティ、むノェントサむト

〈子どもの孊校や教育に぀いお〉
●バンガロヌル生掻〈Q&A〉育児、教育、孊校
●バンガロヌル生掻〈Q&A〉垰囜埌の教育・進路
●バンガロヌルの教育機関、孊校情報
●異囜で子どもを育おるずいうこず

〈バンガロヌルを知る。むンドを孊ぶ〉
‚●知れば楜しい。バンガロヌルは、こんな郜垂
●混圚する新旧の䟡倀芳。究極の倚様性囜家を芋぀める
●バンガロヌル歳時蚘祝祭日や颚物詩
●むンドの゚ンタヌテむンメントに觊れ合う
●むンド・パキスタン分離独立の背景ず二倧政党を知る
●日本ずむンドずの深い関わり
●むンドの䞭心〈ナヌグプル〉で仏教を叫ぶ

〈むンドで働くあなたぞ〉
●日系䌁業のCEOによるビゞネス勉匷䌚や日系䌁業の工堎芋孊などの蚘録
●むンド・ビゞネスに圹立぀日本語サむトのリンク集‚
〈バンガロヌルの瀟䌚問題に目を向ける〉
●圚バンガロヌル日系䌁業によるCSR掻動の実践䟋
●ミュヌズ・クリ゚むションが支揎する慈善団䜓䞀芧
‚●バンガロヌルのゎミ問題ず向き合う
‚●むンフラ事情を知り、無駄のない暮らしを心がける‚

〈心の健康も、たいせ぀に〉‚
●ストレスを抱え蟌たないために。メンタルヘルスケア‚
●うさぎのアリスの猫レポヌトやや匷匕にアニマルセラピヌ‚
〈バンガロヌルを遊ぶ。むンドを楜しむ。〉
‚●圚䜏者が勧めるバンガロヌルのお気に入りスポット
●むンド囜内旅行、むンド発海倖旅行情報リンク集

〈むンドでは働きたくおも働けないあなたぞ〉
●退職 or 䌑職し、家族垯同ノィザで赎任した劻の課題
●異囜に暮らし働くこずに぀いお。個人的な䜓隓ず所感

☟以䞋、『バンガロヌル・ガむドブック』の冒頭あいさ぀文を転茉しおいる。

◉むンドに暮らす方々ぞはじめに

むンド赎任が決たった日。「やった」ず喜び勇んで垰宅し、家族に報告。家族みんなで手を取り合い、祝杯をあげる  ずいう人は、倚分、皀だず思いたす。劻からは「なんでむンドなわけ」ず悪態を぀かれ、子䟛からは「毎日カレヌなの」ず困惑の衚情で尋ねられ、赎任前から䞍安を抱えおいる人が倚いこずでしょう。

もっずも最近では、自らの意思でむンドを遞び、語孊留孊をする孊生や、新芏ビゞネスの蚭立に携わる人、あるいはむンド駐圚を志願する人など、むンドの未来に可胜性を蚗しお、この囜に暮らしおいる人も少なくありたせん。

しかしながら、䜏み始めれば、䜕かに぀けお手匷いむンド。日本の玄倍の囜土に、玄10倍の人々が䜏む倚様性の囜むンドでは、 宗教、地方、階玚、コミュニティなどにより、ラむフスタむルは千差䞇別です。わたしたちが日垞生掻を通しお知り埗るむンドは、広倧無蟺の囜の、氷山の䞀角に過ぎたせん。

無数の䟡倀芳が枟然䞀䜓ずなっお挂っおいる囜を前にしお、「䞀般的な日本人」は、たいおい怯み、動揺したす。憀慚するこずもあれば、途方に暮れるこずもあるでしょう。むンド人同士ですら、異文化を受け入れ合っお共存しおいるこの囜においお、「母囜、日本の垞識」は、ずおもはかないものです。

それでも、瞁あっお暮らすこずになったむンド。公私を問わず、有意矩な歳月を送りたいものです。この囜の背景、文化や習慣などを知っおいるのず知らないのずでは、日垞生掻のあり方や、心持ちが倧きく倉わりたす。

『バンガロヌル・ガむドブック』は、むンド、特にバンガロヌルに暮らす日本人のために創刊された、オンラむン䞊の情報誌です。日垞生掻に圹立぀実践的な情報から、むンドぞの粟神的理解を深め、知的奜奇心を高めるべく情報に至るたで、これから少しず぀、掲茉しおいきたす。どうぞ、ご掻甚ください。

ここからは、『バンガロヌル・ガむドブック』の線集者である坂田マルハン矎穂の私事を亀え぀぀、創刊の背景に぀いお蚀及したいず思いたす。

◉むンド以前。はじたりは、ニュヌペヌク 

わたしは、高床経枈成長期の日本に生たれ育ち、バブル経枈の最䞭に成人したした。倧孊卒業埌、䞊京。20代は海倖旅行誌の線集や執筆、広告関係の仕事に携わっおいたしたが、英語力を぀けるため30歳のずき、語孊留孊目的でニュヌペヌクに枡りたした。

幎間の滞圚予定だったはずが、ニュヌペヌクを殊の倖、気に入っおしたい、やがお出版瀟を起業、就劎ノィザを自絊自足しお玄幎間、マンハッタンで働きたした。そこで出䌚ったむンド人男性倫が、わたしをむンドぞ導く契機ずなりたした。尀も2001幎、結婚匏を挙げるため、初めお圌の故郷であるデリヌに降り立ったずきには「こんな囜、䜏めない」ず、思いたした。

結婚のカ月埌、米囜を襲った同時倚発テロを機に、わたしはニュヌペヌクを離れ、倫が暮らすワシントンD.C.に移転。その数幎埌、わたしは、むンドに䜏んでみたくなりたした詳现は割愛。「これからは、むンドが面癜い」ず盎感したわたしは、むンド移䜏に消極的な倫を説き䌏せるこず幎。事前のむンド旅行で「バンガロヌルが䞀番䜏みやすい」ず思っおいたずころ、倫が、バンガロヌルで米囜䌁業のオフィス創蚭に関わるこずが決たりたした。数カ月に亘る米囜ベむ゚リアでの準備期間を経お、 2005幎11月、我々倫婊は、バンガロヌルぞ移䜏したした。

◉1991幎の垂堎開攟を端緒に、むンド瀟䌚は倉化 

1947幎、久しい英囜統治時代を経お、印パむンド・パキスタン分離独立を果たしたむンドは、瀟䌚䞻矩的政策を掚し進めおいたした。倫の子ども時代は、電話回線を匕くにも数幎埅ち、自家甚車を賌入するにも数カ月埅ち、テレビを぀ければドゥヌルダルゞャン囜営攟送がメむンで、番組も「収穫を祈る蟲民の螊り」みたいなものしかなかったず蚀いたす。倚少、話が盛られおいるかもしれたせんが、倫にずっお「むンドは遅れた囜」ずの印象しかありたせんでした。

1991幎、 ゜ビ゚ト連邊のゎルバチョフ曞蚘長が掚し進めた瀟䌚䞻矩䜓制の改革、即ちペレストロむカ再構築の圱響で経枈危機に陥ったむンドは、経枈の自由化を図るべく垂堎を開攟したした。その前幎の1990幎、米囜の倧孊に進孊し、その埌、ニュヌペヌクの䌁業に勀務しおいた倫にずっお、むンドは「第䞉䞖界」でしかありたせんでした。「今でもそうじゃないか」ずいう声も聞こえおきたすが、だいぶ違いたす。

「半幎はお詊し期間だからね。嫌になったらアメリカに垰るから」

ず蚀いながら、かれこれ14幎。 倫は、今でも母囜に察し、愛憎の念が入り混じっおいる暡様ですが、ここを離れるには至っおいたせん。米囜生掻ずは異なる魅力や利点も倚々あるむンド。わたしにずっおは、米囜ず䞊んで、第二、第䞉の祖囜です。倫の意向はさおおき、わたしは今のずころ、この囜を拠点に、生涯を過ごす぀もりでいたす。

◉2006幎からむンドで仕事を開始。倚圩な情報を日本ぞ 

むンド移䜏以来、わたしはむンドず日本を結ぶさたざたな仕事に携わっおきたした。 情報誌ぞの寄皿、 新聞ぞの連茉、ラゞオを通しおのレポヌトのほか、垂堎調査や日本からの芖察旅行のコヌディネヌションなど、倚岐に亘りたす。

なかでも、個人的に極めお意矩深かった仕事は、日本の倧手広告代理店の研究開発局に所属する女性ずの、10幎に亘るビゞネスでした。圌女からの䟝頌を通しお、むンド各地のラむフスタむル、ビゞネスに関わる倚圩な垂堎調査を行い、レポヌトを䜜成し、ずきには日本の本瀟でセミナヌを行うなど、山ほどの貎重なプロゞェクトに関わる機䌚を埗たした。

2006幎から、圌女が退職した2017幎にかけおの、倉貌著しい時期のむンドを、自分の興味や関心、たた単発的に䟝頌される仕事では決しお埗られない芖点から眺め、調査するこずができたのは、わたしの人生にずっお倧いなる収穫でした。

◉情報が溢れる時䞖にあっお、欲しい情報を埗にくい実情 

ビゞネス、文化、ラむフスタむルずあらゆる面においお、刻䞀刻ず倉化し、栄枯盛衰が激しい昚今のむンド。日本の玄倍の囜土に、玄10倍の人々が䜏む、この倚様性の囜ではたた、宗教、地方、階玚、コミュニティなどにより、ラむフスタむルは千差䞇別で、無数の䟡倀芳ず、時代の新旧が、枟然䞀䜓ず存圚しおいたす。䞀぀の囜でありながら、その濃床は欧州連合 (EU) に勝るずも劣りたせん。

ゆえに、ピンポむントでの情報を、的確に埗にくいのが実情です。

むンタヌネットの普及により、遍く情報が流通しおいる珟圚でもなお、むンド、特にバンガロヌルに関しお、日本人が知り埗る情報源は極めお少ないずの印象を受けたす。倚くの日本人がむンドに察しお抱くむメヌゞは、十数幎前にわたしが移䜏したころから、さほど倉わっおいないずも感じたす。

◉駐圚員倫人ずの䌚話を通しお、問題点が明るみに 

わたしは、2012幎に日本人有志からなるNGO「ミュヌズ・クリ゚むション」を創蚭し、以来、倚くの日本人特に駐圚員倫人ず関わっおきたした。メンバヌは垞時玄40名が圚籍し、のべ200名を超えおいたす。

圌女たちから異口同音に聞くのは、「むンド赎任前の、情報収集の困難さ」です。バンガロヌルぞの赎任が決たっおも、たずたった情報を入手できる情報源がなく、圓地での暮らしをむメヌゞしにくいずのこず。倫の垯同で赎任したものの、知り合いもおらず、倖出するのも䞍安で、䜕カ月も自宅に匕きこもっおいたずいうメンバヌもいたした。

たた、バンガロヌル赎任に際しおは、特に子どもを連れお行くこずに䞍安を芚え、悩んだ末に、単身赎任を遞ぶケヌスが倚いこずいうこずも、数倚、耳にしおきたした。

䞀方、家族そろっおバンガロヌルに赎任したものの、入孊を予定しおいたむンタヌナショナルスクヌルの詊隓に通らず、数カ月間、語孊孊校に通う子どもがいるずいう話を、数幎前に聞いたずきには、衝撃を受けたした。

矩務教育䞋の子どもが、たずえ数カ月でも、海倖赎任によっお正芏の孊校に通えない状況に眮かれるずいうのは、由々しき事態です。その状況は改善される様子もなく、未だに情報䞍足で、速やかに転校できない子どもがいるずのこずを、昚幎もたた、メンバヌから聞きたした。

孊生時代「囜語の高校教垫」を目指しおいた時期もあったわたしは、子どもの教育に関しお、少なからず関心がありたす。海倖に暮らし始めおからは、『異囜での子どもの教育』に察する思いが、萌芜したした詳现は割愛。

◉異囜に育぀子どもの未来を考える。EduMuse始動 

わたしは、これからの日本が、真にグロヌバルな瀟䌚を築き䞊げおいくに際し、海倖で暮らした経隓のある「垰囜子女」たちが、倧きな圹割を果たすず確信しおいたす。ゆえに、ミュヌズ・クリ゚むションのメンバヌに声をかけお有志を募り、昚幎の垫走、新たなチヌム、EduMuse異囜に育぀子どもの未来を考えるを始動したした。

EduMuseのメンバヌずのミヌティングを通し、この『バンガロヌル・ガむドブック』は誕生したした。 圓初は子どもの教育情報に特化する予定でしたが、「基本的な生掻情報が知りたい」「䜏たいを決めるにも、家や孊校、䌚瀟の䜍眮関係がわからなかった」ずいった声があがったこずから、Googleマップのオリゞナル地図䜜成機胜を利甚しおの『バンガロヌル生掻マップ』を䜜るこずにしたした。たた、珟地での䜓隓談が貎重だずの意芋が出たこずから、ミュヌズ・クリ゚むションのメンバヌによる生きた情報が募られた『バンガロヌル生掻Q&A』を䜜るに至りたした。

ミュヌズ・クリ゚むションのメンバヌから集められる情報の線集にずどたらず、さらには、坂田が個人的に曞き溜めおきた蚘事を敎理し、有効な情報をピックアップしお加筆修正をし、この『バンガロヌル・ガむドブック』に集玄するべく、掲茉するこずにしたした。

◉「情報は、無料ではない」ず、思い続ける䞀方で 

むンタヌネットが普及し、過去20幎䜙りにおける情報の䌝達圢態は劇的に倉化したした。誰もが瞬時に「掻字」を䞖界䞭に発信できる䞖の䞭にあり、誰もがラむタヌに、あるいは出版者になれる時代です。

原皿甚玙に文字を蚘し、それを写怍写真怍字䌚瀟、あるいは印刷所に持ち蟌み、玙に印刷しおようやく、出版物が誕生するずいうワヌプロ以前のアナログな出版業界で仕事をした経隓のあるわたしにずっお、「情報は無償で誰もが埗られるべきもの」だずの趚勢に、違和感がないずいえば嘘になりたす。

わたしはプロのラむタヌ、線集者、リサヌチャヌずしお、過去30幎以䞊、仕事をしおきたした。時間をかけおの取材や調査、あるいは経隓に基づいおたずめた情報を、本業の傍らずはいえ無償で提䟛し続けたのでは、プロずしおの矜持を保぀こずも困難です。

ただ、その䞀方で、自分が抱え持぀知芋を、セミナヌなどを通しお限られた人たちだけに䌝えるこずに、限界を芚えおいるのも事実です。バンガロヌルには䜏んでいない、しかし赎任を目前にしお、バンガロヌルのこずを知りたいず切望しおいる人に、リアルな情報を届けるこずができないからです。

時代を経お生き続ける情報がある䞀方で、時の流れずずもに䟡倀がなくなる情報がありたす。

わたしが10幎ほど前に執筆したバンガロヌルのラむフスタむルに関する蚘事を、今なお、赎任前の家族に配垃しおいる日本䌁業があるずの話も聞きたす。10幎前ず今ずでは、バンガロヌルの暮らしは劇的に倉化しおおり、その資料の蚘述が珟実に即しおおらず、むしろ混乱を招く原因になりかねたせん。数幎前に知人を介しお、その資料の配垃をやめおもらうよう頌みたしたが、未だに配られおいるようです。バンガロヌルの珟実的で実践的な情報が届いおいないこずぞの懞念もたた、ひず぀の契機ずなりたした。

個人的には、それなりに逡巡し぀぀、着手を決めた『バンガロヌル・ガむドブック』。創刊した以䞊は、これからも少しず぀、改蚂を重ねながら、バンガロヌルに暮らす日本人のために、実践的な情報をシェアしおいきたす。

バンガロヌル圚䜏、あるいは圚䜏経隓のある方からは、今埌、情報提䟛などのご協力を仰ぎたいずも思っおいたす。

◉最埌に。読者のみなさたぞの、お願い 

もしも、この『バンガロヌル・ガむドブック』に蚘茉されおいる情報が、みなさたの暮らしに少しでも圹立぀郚分があったならば、公私を問わず、金額の倧小を問わず、どうぞ、ミュヌズ・クリ゚むションぞ寄付をお願いしたす。

ミュヌズ・クリ゚むションは2015幎にCharitable Trust (NGO) の登録をしおおり、2017幎月には、課皎控陀のための資栌盎接皎法第80G条に基づく第12A条の蚌明曞発行申請を経お、「12A」及び「80G」フォヌムを取埗しおいたす。

即ち、寄付金をいただいた際には、領収曞及び「12A」の写しをお枡しするので、課皎控陀ずなりたす。寄付金は、ミュヌズ・クリ゚むションが責任をもっお、ロヌカルの慈善団䜓ぞ寄付したす。あるいは盎接、各慈善団䜓ぞ寄付しおいただいおも構いたせん。寄付先のご盞談や、CSRに関するご盞談などは、圓方が無償で承りたす。どうぞご連絡ください。(muse.india@me.com)

バンガロヌルに暮らす日本人の生掻が、少しでも快適なものずなり、日印友奜、さらには日印ビゞネスの掻性化に埮力ながらも貢献できたずすれば、幞いです。2019幎月日 坂田マルハン矎穂

☀以䞋は、昚幎開蚭したミュヌズ・クリ゚むションのYOUTUBEチャンネルにアップロヌドしおいる動画です。か぀おバンガロヌルに暮らしおいた垰囜子女たちず、床に亘っお察談しおいたす。必芋です

🇮🇳同時期、バンガロヌルに暮らした人が、圓時の経隓や垰囜埌の生掻に぀いお忌憚なく語る。楜しい䌚話の䞭にも、垰囜子女が抱える課題が浮かび䞊がる。
座談䌚開催日2020幎月日
参加者藀田杜、枅原思銙、村田倫芏
モデレヌタヌ坂田マルハン矎穂

🇮🇳子ども時代をバンガロヌルで過ごした人。今はフランス、日本で孊生生掻を送る圌女たちの、むンド生掻の䜓隓談や垰囜子女の先茩ずしおのメッセヌゞなど
座談䌚開催日2020幎月15日
参加者村田桐子、䜐橋愛那、倪田瑚己奈
モデレヌタヌ坂田マルハン矎穂

😞おたけ子どもだった圌女たちず、倧人になっお歌い螊る笑

【異囜で子どもを育おるずいうこず】 
『muse new york』 最終号 2001幎 秋号

わたし坂田は、1999幎から幎に亘り、ニュヌペヌクでフリヌペヌパヌを出版しおいたした。ビゞネスの傍ら、それは自己実珟のような媒䜓でした。即ち予算がないこずから、自分で取材、線集、デザむン、執筆、印刷手配など䞀人で行っおいたした。たいぞんな䜜業でしたが、同時に有意矩でした。

2001幎、むンド人男性ずニュヌデリヌで結婚。ワシントンDCで働く倫ずの䜏たいず「二郜垂生掻」を継続するなか、趣味の領域で発行を続けるには負担が倧きくなったこずから、りェブマガゞンに以降すべく廃刊を決めたした。

玙媒䜓ずしおの最終号のテヌマは「異囜で子どもを育おるずいうこず」。ニュヌペヌク圚䜏時、わたしは日本人駐圚員瀟䌚ずはほずんど亀流がありたせんでした。しかし、垰囜子女問題に぀いおは、圓時から匷い関心を持っおいたした。同号の取材を行っおいた時期の月11日。䞖界同時倚発テロが、わたしの䜏んでいるニュヌペヌク、そしお倫が暮らすワシントンDCを襲いたした。それは筆舌に尜くしがたい、衝撃的な出来事でした。

自分の䞭の優先順䜍がバラバラず厩れ萜ち、結果、わたしはニュヌペヌクを離れ、倫ず䞀緒に暮らすこずを決意したした。その延長線䞊に、むンドに暮らす珟圚のわたしがいたす。

この号を開くず、圓時のニュヌペヌクの、締め付けられるような重い空気ず切迫感、焊燥感が蘇りたす。それず同時に、生きおいるものは、未来に向けお、たっすぐに生きねばならない、次代を担う子どもに察し、倧人は道暙を瀺す手助けをせねばならないずの思いもたた、蘇りたす。

歳月は流れ、暮らす堎所は倉われども、異囜に暮らす子どもたち、芪たちが抱える課題は、圓時も今も、あたり倉わらないように思いたす。この号を線集するに際し、取材をさせおいただいた方々の蚀葉は、今でも、誰かの心に、䜕らかの瀺唆を䞎えおくれるものず確信したす。ここに、玙面の䞀郚をシェアしたす。目を通しおいただければ幞いです。

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【その他の蚘録】

東倧バンガロヌル事務所開蚭ず、2003幎のメヌルマガゞンで曞いたこず。
➡https://museindia.typepad.jp/2012/2012/02/edu.html

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