MUSE CREATION Charitable Trust [NGO]

LOVE & HOPE, NO BORDERS 🌏 国境を越えて、愛と希望。

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◎貧困層の子どもに確かな英語教育を。One Billion Literatesの式典に参加

昨日、夫と共に、バンガロール南部郊外のラクシュミサガラという村にある公立学校 (Government School) へと赴いた。貧困層子女への英語教育を支援する慈善団体、OBLF (One Billion Literates Foundation)が年に一度主催する、成績表配布及び学芸会の式典に招かれたのだ。

OBLFの創始者であるアナミカと出会ったのは、2012年2月。ミューズ・クリエイションを始める前のこと。共通の知人を介して知り合った。アッサム出身の彼女は米国ボストンの大学を卒業後、現地でソフトウエア・エンジニアリングの仕事をしていたが、2010年、夫と二人の息子とともにバンガロールへ移住していた。

仕事の傍ら、彼女は貧困層の子どもらに英語やコンピュータ教育の支援をしたいとの思いから、同団体を立ち上げ、当時は自ら、あちこちの学校へ通い、教鞭をとっていた。

インド教育事情の問題点のひとつとして、公立学校のクオリティの低さが挙げられる。無論これは州によって事情が異なり、立派に機能している州もあるようだが、カルナタカ州の公立学校は決して環境が整っているとは言い難い状況である。

ゆえに、多くの子どもたちは、たとえ貧困層であれ、お金のかかる私立学校を選ぶことになる。さもなくば、まともな教育が受けられないからだ。そのあたりの事情は、過去の記録に克明に記しているので、6年前の情報ではあるが、関心のある方はぜひ目を通していただきたい。

ミューズ・クリエイションを創設した直後、初めて訪問した場所もまた、OBLFが活動している公立学校の一つであった。毎年のチャリティ・バザールには出店をしてもらっているなど、以来、継続して交流を図っている団体だ。

■貧困層の子らに英語とコンピュータ教育を。2012年2月 (←Click!)

■ミューズ・クリエイション、NGO支援の公立学校訪問。2012年8月 (←Click!)

アナミカの活動を取材した記事を、当時連載していた西日本新聞のコラム『激変するインド』にも寄稿している。

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アナミカは、一から学校を作るよりも、すでにある校舎を利用し、そこに集う子どもたちに、特別枠の授業を行うことを思いついた。なお、アナミカは、数年前に家庭の事情で米国ボストンに戻っている。最近では、今回の式典を含め、年に何度か戻って来るに留まっている。

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この写真の女性が、アナミカだ。

アナミカの渡米を機に、彼女の役割を引き継いでいるのがルビー。彼女とスタッフらによって、現在、OBLFは大きく改革が進められている。同時期、我が夫もまた、OBLFの運営に関わり始めた。夫が、アスペン・インスティテュートに属した当初、活動の一環として、社会貢献のプログラムを遂行する必要があったことから、わたしがOBLFを勧めたのだった。

ルビーは初老ながらも、非常にアクティヴにOBLFを運営している。団体の基盤作り、そして拡大。地道で着実な努力がなされていることは、折に触れての夫からの話しでも、察せられた。

我が夫もまた、ここ数年は、ファンドレイジング(資金調達)に関連して大きく貢献している。

インドでは、パブリック・カンパニー(株式を公開している会社)は、純利益の2%をCSR(企業の社会貢献)活動に支出するよう義務付けられている。これは2014年4月に施行されたインド新会社法に基づくものだ。

従来から、大手の優良企業はCSR活動を積極的に行ってきた土壌のあるインドではあるが、法で義務づけられたとのニュースにはインパクトがあった。

夫の伯母がHDFC銀行のエグゼクティヴであることから、彼女に担当者を紹介してもらい、諸々の打ち合わせ、審査を得て、かなり大きな額の寄付を、OBLFへ融通することが実現した。現在の予算の半分以上が、その寄付である。

夫はまた、シリコンヴァレーの某IT企業のCEOである友人から、英語教育のタブレットを極めて廉価で子どもたちに配布する手筈も整えた。小さなネットワークと少しばかりの尽力が、子どもの将来を大きく左右すると思えば、尊い。わたしもそのタブレットを使って勉強したいくらいだ。

わたしは、1年前にミューズ・クリエイションをNGO化した際に、在バンガロールの日本企業のCSRを支援すべく、ファンドレイジングを含め、慈善団体との橋渡しのようなことをできればと考えていた。

が、今のところ具体化できずにいる。チーム・エキスパッツの活動が今後、軌道に乗り始めたら、そのような企画も実現できればと思う。

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ルビーをはじめとするスタッフらの尽力により、教員を引き受ける女性たちも増えた。彼女らの選出、そして英語教育もまた、たいへんな仕事である。

コーラスを披露してくれているこの彼女たちが、教員スタッフだ。

関わる人たちそれぞれの努力が徐々に実を結び、現在では25校、1020名もの子どもたちに、毎日1時間ほど、英語を教えている。始業前の1時間を授業に当てているところもあれば、学校の授業内に時間を割いているところもあるなど、タイミングについては、学校ごとに異なるという。

ただ、英語のカリキュラムはOBLF独自の方式を編み出しており、4つのレヴェルにわけて教授しているとのこと。

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子どもたちが披露してくれる演劇、歌はすべて、英語でなされている。どの子どもたちも生き生きと、楽しそうに、英語を操っている。

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みなおめかしをして、かわいらしい。日本人を見るのは珍しいことのようで、何人もの子どもたちが近寄って来ては、名前を尋ねられた。

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インドに暮らしはじめてからというもの、本当にたくさんの、尊敬すべき女性たちに出会って来た。自分の労力を、社会へ提供する人々。慈善団体を運営するシスターたちにしても、同様だ。

わたし自身、本業とは別に、ミューズ・クリエイションの活動が増えるほどに、それなりの課題に直面する。折に触れて、心にさざ波が立つことは、当たり前だが、ある。

しかしそんなとき、こうして社会のために尽力する女性たちの姿を目の当たりにすると、小さなことに捉われ、囚われそうになっていた自分を客観的に見ることができる。自分の力が及ばない点において、あれこれと心を煩わされるのはよそう、とも思う。

そして、机の前に貼っている、ガンディーの言葉、とされる一節を、読み直す。

あなたのおこなう行動が、ほとんど無意味だとしても、それでもあなたは、それをやらなければなりません。

それは世界を変えるために、ではなく、あなたが世界によって変えられないようにするためです。

昨日の訪問は、わたしの気持ちにとっても、本当に意義深いものであった。

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◎多くのインド人女性の意識に、強い印象を与えるであろう女子選手らの活躍

従来、クリケット以外のスポーツに対する国民の関心が低かったインド。しかし、わたしが知るこの10年の間にも、その趨勢はずいぶん、変わった。クリケット以外に、サッカーやテニス、バドミントンなど、さまざまなジャンルで活躍する選手が、国民的ヒーロー、ヒロインとして注目を集めるようになった。

もっとも、1990年代以前には、ホッケーがクリケットに負けず劣らず人気のスポーツだったようだが、サチン・テンドルカールを始めとする英雄的選手の台頭などに伴い、クリケット熱は高まる一方であった。

前々回、2008年の北京五輪で、ライフル射撃のアビナヴ・ビンドラー選手が金メダルを獲得、インド人で唯一の金メダル獲得選手として注目された。

前回、2012年のロンドン五輪では、インド選手は合計6つのメダルを獲得。女子選手も、ボクシングのメアリー・コムとバドミンドンのサイナ・ネワルが銅メダルを獲得した。しかし、今回は更に、女性選手の活躍が目立ったということもあり、メディアでは大きく取り上げられた。

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写真は、女子バドミントンのシングルスでシンドゥ・プサルラ選手が銀メダルを獲得したときのものだ。銅メダルが日本人選手だったこともあり、スペインを中心に、インドと日本の国旗が掲揚されている様子を眺めるのは、なんとも言えず、感慨深いものであった。

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プサルラ選手は、インド人女性として初めて、五輪で銀メダルを獲得した。そもそも、スポーツを振興する環境が整っていないインドでは、オリンピック選手の練習や移動などにかかる諸経費を捻出するのも簡単ではない。

PAAN SINGH TOMARという映画がある。わたしが好きな俳優、イルファン・カーンが主演をつとめる映画だ。陸上選手として、世界的な舞台で活躍したにもかかわらず、故郷の農村へ戻るも厳しい待遇を受け、挙げ句、悲劇的な終焉を迎えるというストーリーだ。

トレイラーが映画の特徴をわかりやすく伝えておらず、つまりわかりにくいうえに、見たい気持ちをそそらないのであるが、一応、貼り付けておく。かなり心に残る、強い映画だった。

銀メダルを獲得したプサルラ選手だけでなく、レスリング女子58キロ級で銅メダルを獲得したサクシ・マリク選手もまた、インドのメディアを沸かせている。

メダル獲得はならなかったものの、跳馬で4位となったディパ・カルマカル選手は、インド人女性としては初めての体操におけるオリンピック出場資格を獲得した選手としても、注目を集めた。体操競技を行うべく環境がほとんど整っていないインドにおいて、訓練を積み、上位入賞を果たした彼女への称賛の声が、各方面で見られた。

インド、とひと言でいうには、あまりにも広く深く、多様性に満ちたこの国。「インドの女性の地位は低い」と一般には言われるが、そうとも限らない。社会で活躍の場を得ている優秀な女性たちも、本当にたくさんいる。

その一方で、虐げられている女性もいる。ひどい差別を受けている女性もいる。

絶対数からいえば、恵まれない環境に置かれている女性の方が多いだろう。そんな世の中にあって、しかし昨今の若い女性たちのパワーは、目に見えて、強さを増している。

1990年代、何人ものインド人女性がミスワールドやミスユニヴァースに輝き、それはインド人女性たちを大いに勇気づけたと言われている。女性たちが、自信を持つ一つの契機にもなったとされている。

女性の社会進出は、年々進み、女性の活躍の場も増えている。今回のオリンピックの女子選手の活躍はまた、異なる分野で生きる女性たちにもなお、強い勇気を与えるものとなるに違いない。

※残念なことに、現在、銀メダルを獲得したプサルラ選手の出自(カースト)を詮索する話題が見られ始めている。

■Indian women make history in Rio (←Click!)

蛇足ながら10年前の出来事を思い出したので。懐かしの日印サッカーゲーム……。

■日本対インド。あまりにもインド的な、すてきサッカーゲーム (←Click!)

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