MUSE CREATION Charitable Trust [NGO]

LOVE & HOPE, NO BORDERS 🌏 国境を越えて、愛と希望。

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今年の5月末、第17回チャリティ・ティーパーティにおいて「ミューズ・クリエイション」を結成。以来、毎週金曜日の午後、拙宅をオープンハウス「サロン・ド・ミューズ」と称して、地道に楽しく活動している。

現在、約40名にのぼるバンガロール在住の日本人女性が賛同してくださり、ご都合の合う日に集っては、あるいはご自宅で、各自のペースで活動を進めている。

その成果を地域社会に反映すべく、今日はミューズ・クリエイション結成以来、はじめての慈善団体訪問を行った。

これまでも、チャリティ・ティーパーティを開催した後に、さまざまな団体を訪問してきたが、単発であることに加え、参加者もたいてい10名未満と少なめであった。

できればもっと多くの日本の方々に、積極的に、継続的に、地域社会に触れ合うチャンスを作ることはできないだろうか、との思いもあり、ミューズ・クリエイションを思いついた。

そして今日、初の訪問を終えて、その成果を、少なからず実感している。

参加希望者全員の都合を合わせることは不可能だが、それでも今日は16名のメンバーが集まった。

今日の訪問先は、ここでも何度かご紹介したNGO団体、One Billion Litelatesが支援する公立学校。

One Billion Litelatesを創設したのは、米国在住経験が長いアナミカ。彼女と初めて会ったのは今年の2月。その時には4、5校を支援していたのだが、現在は10校にも上るという。

彼女は自ら奔走しつつ、あちこちの学校で英語やコンピュータを教えている。

One Billion Litelates及び、インドの公立学校(Government School)の実態については、過去に記しているので、こちらをご覧いただければと思う。

■貧困層の子らに英語とコンピュータ教育を (←Click!)

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まずは、簡単に、自分たちの自己紹介。こんなにも大勢の日本人を一度に見るのは初めてに違いない彼ら。微妙に緊張しているに違いないのだが、しかし、すぐに元気に打ち解ける。

まずは、インドと日本の位置を示すべく、地球儀を見せる。

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「インドの場所がわかる人!」

と尋ねたら、一人の少年が立ち上がり、地球儀を指差す。それを見つめる他の子どもたち。さすがに日本の場所を知る子はおらず、示して教える。

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まずは持参して来た寄付の品々を、子どもたちに配布。駐在員のご家族が帰任の際に不要となる子どもたちの衣類や玩具など。それらをお預かりして、彼らに託すのだ。

日本人の参加者にお願いし、子どもたち一人一人に配布してもらう。

日本人の多くは、いつも「みんなに平等に行き渡ること」に気遣ってくださるのだが、これまで訪れた場所では、意外と、そのあたり、大雑把であることが多い。

その場では、少々取り合いになったとしても、その後、先生が回収してみなで共同で使うとか、自分たちで交渉して交換するといった流れだ。

衣類などは、まとめて先生に渡し、あとで彼らの保護者(村の人たち)に配布してもらうようお願いした。

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この自転車も新品同様。空気入れまでついている。これは先生が、優秀な生徒を指名して、彼がもらうことになった。

しかし当の優秀な生徒は、写真におさまることもなく「控えめ」で、これもまた、みなで交替で使うことになるのだろう。

先生が見極めた優秀な生徒とは、多分、自転車をうまく管理する能力がある子、という意味かもしれない。

さて、元気一杯の子どもたちと、英語の歌を歌う。「チーム歌」を中心に練習していた(というほど難しいものでもないのだが)一曲。

22obl06Head!

22obl07Shoulder

22obl08Knees

22obl09and toes, knees and toes!

頭、肩、膝、つま先、目、耳、口、鼻……と、身体の部位を示しながら、歌う。

幼児教育の知識と経験があるメンバーが、非常に手際よく、子どもたちに歌と動きを教えてくれる。子どもたちは、初めての歌だというが、さすがに反射神経がよく、あっという間についてくるところがワンダフル。

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一方、少々「もたもた気味」の大人には、なかなかにいい運動である。

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そしてお待ちかねの「魚釣りタイム!」

バンガロールはデカン高原のただ中。貧困層の子どもたちは、海へ出かける機会もなく、当然、海を見たことはないはずである。

一応、尋ねてはみたが、知っている子はいなかった。

というわけで、魚の存在もどこまで知っているかわからないのだが、ともあれ、ビニールシートを海に見立てて、みなで作った魚を泳がせ、数名の子どもたちに釣り竿を持たせる。

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子どもら、制御不能に大興奮状態。

こちらが手本を見せようとする間にも、海に入る子あり、さっそく釣りをはじめる子あり。好奇心満点だ。

最初は4つのチームにわけて、チーム別に「漁獲高」を競い合って……と、それなりの計画を立てていたが、全部却下。もはや成り行きで、釣り三昧だ。

釣り竿を独占する子あり、ただ見守るだけの子あり、器用な子、不器用な子、それもまた、個性。

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このメダルも、メンバーの手づくりの品々。全員に行き渡るよう用意されたメダルを、みな首にかけてご満悦。

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パーティ用の変な帽子を気に入って被る少年。非常に似合っているところに、自分をわかっているな、と思う。

与えられた時間は1時間だったが、1時間に満たない時間で、すでに消耗気味。ひとしきり、子どもたちと騒いだ後は、魚釣りセットもプレゼントして、別れを告げたのだった。

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こちらは隣室。アナミカが用意した小さな本棚があり、英語の書籍が置かれている。右上の写真は、アナミカがオリジナルで作った教科書。

地元カンナダ語で英語を勉強するためのテキストだ。

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学校の前で記念撮影。アナミカには、ミューズ・クリエイションからOne Billion Literates への寄付として、ささやかながら1万ルピーの小切手をお渡しする。

これは、以前のチャリティ・ティーパーティやバザールの売上金、また布製品販売の売上金の一部である。

なお、ミューズ・クリエイションのメンバーの方々には会計報告も行っており、不透明な部分はまったくない

22obl18さて、学校の横にある小さな建物。

アナミカが「ぜひ、立ち寄って」とのことなので、訪ねてみることに。

ここは、貧困層女性が仕事に出られるよう、子どもらを預かる託児所だ。

0歳児から6歳児までの子どもたちが預けられている。

託児所は、政府による「アンガンワディ・プログラム」の一環として設置されている。

子どもたちの面倒を見るスタッフの女性は、アンガンワディの指導者だ。アンガンワディに関する詳細は、下記の通り。

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【アンガンワディ・プログラム ANGANWADI Programme】
 
アンガンワディ・プログラムは、 行政機関である“Integrated Child Development Services Department” によって、1975年に施行された貧困層の支援プログラム。

アンガンワディとは、ヒンディー語で「守られた (wadi) 中庭(angan)」という意味。インドの農村部における「中庭」とは、家族や親戚、友だちが集い、語り合う場であることから、この名が付けられた。

アンガンワディの指導者は、教育を受けていない貧困層家族に対し、ヘルスケアを中心としたライフスタイルの啓蒙を行うべく、教育を受けている。子供の教育法や健康管理、家族計画、健康的な食生活などの指導を行っている。
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小さな部屋では、子どもたちが静かに遊んでいた。4、5歳の女の子が赤ん坊を抱きかかえて世話をしているのも、インドではよく見る光景。

もっとも、日本も昔はこうだったと思うのだが、今はあまり見かけないだろうか。

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こちらには立ち寄る予定がなかったので、寄付の品を用意していなかったのだが、一名、道に迷って遅れて来た方が、すばらしいタイミングで大量の玩具を持って来てくださった。

彼女はまもなく日本へご帰任とのこと。まだ十分に使える真新しい玩具に、「わ、子どもの時にこんなミニキッチン欲しかった!」と興奮してしまう。

一方の子どもたち。やはり初めて出会うに違いない、平たい顔族の襲来に、硬直状態。怖がって泣き出すベイビー1名。

ベイビーをあやそうと手を伸ばせば、余計に泣かれて弱った。存在自体におののかれている様子。トラウマにならないでほしいと願う。

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この子も、泣きはしなかったものの、間違いなく、ビビっている。

チョコレートで作られたレイをみなの首にかけてあげたのだが、この子は、「いらない!」とばかりに、拒絶。他の子たちは喜んでいたが、反応は人それぞれ。

そりゃびっくりもするだろう。見慣れない顔のアンティ(おばさん)が大挙して訪れるのだから。

なんでも喜ばれるわけではないのだということを肝に命じつつ、色々な対応を考えるべきだな、とも思う。

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ヤクルトの容器を使ったバトンを渡す。小さな彼らには、バトンは少々高度すぎたよう。ヤクルトには、豆を入れてカシャカシャと音が鳴るようにしているのだが、それは気に入っていた様子。

小さい子どもには、バトンよりもマラカスを作ってプレゼントすべし、である。

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今後もいろいろな慈善団体を訪問するゆえ、今回の経験を教訓に、どのようなもの、どのような遊びが喜ばれるのか、また寄付をするにも、どのようなものが役立つのかを考えつつ、活動を進めようと思う。

ちなみにミューズ・クリエイションでは、たとえ寄付でも、きちんと洗濯がされた清潔な衣類などを送ることを条件としている。

また、玩具類も壊れたり欠けたりしているのではなく、きちんと使えるものをお渡ししている。

決して「いらないゴミ」を渡すような真似だけはしたくない。

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ちなみに、この黄色い服を来てお姉さんにしがみついているベイビーが、ずっと泣いていたのだった。お姉さん、顔立ちがはっきりしているので大きく見えるけど、4、5歳だ。

悪いことをした。怖くないんだけどね。

いや、怖いな、過積載は。

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最初は、硬直気味で笑顔のなかった子どもたちも、帰り際にはにこやかに手を降ってくれた。

アナミカは、本当に喜んでくれて、メンバーにお礼の言葉を伝えてくれた。わたしたちもまた、こうして子どもたちに出会い、交流を図れる機会を与えてくれた彼女に、感謝を伝えたのだった。

しつこいようだが、以下、数日前に記したことを、改めてここに記しておく。

救いが必要な人たちに「施す」ことだけが、活動の目的ではない。束の間でもこの地に暮らす異邦人としての我々が、少しでもこの国の現状を体験すべく、機会をもつこと。

それは、きっと自分たちの糧にもなる。

たった1度でも、自分の目で見るのと見ないのとでは、その後の意識が全く変わると、わたしは思っている。現に、自分がそうだったから。

踏み出す前と、踏み出した後の相違。

「0」と「1」の間には、果てしない相違がある。

やる、やらない。見る、見ない。する、しない。

「3」と「4」の差、「5」と「6」の差とは比べ物にならない、「0」と「1」の間の「1」。

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さて、訪問を終えたころには、ランチタイムに近く。実はこの学校、市街から離れた場所にあり、たどり着くにも非常にわかりにくい新興エリアであった。

道に迷いつつたどり着いた方も多く、せっかくだから時間のある人たちとは、反省会という名のランチをとって解散しようということにしていたのだった。

前日下調べをしたところ、待ち合わせをしていたホテル、NOVOTELのランチの評判がよかったので、そこでランチブッフェをとることに。

参加者全員が一同に会し、簡単な反省会のあと、おいしい食事を楽しんだのだった。

レストランのマネージャーが日本人軍団を前にセールストーク炸裂で、大きなホールケーキを持ち帰り用にプレゼントしてくれた。我が家ではとても食べきれないので、子どものいるメンバーに持ち帰っていただいた。

さらには食後、マネージャーはペイストリーショップへと案内してくれ、あれこれと味見をさせてくれ、割引で商品を提供してくれたのだった。

わたしは満腹で食べられなかったが、他のメンバー、「もうお腹いっぱい!」といいながらも、別腹炸裂で、味見をしては「おいし〜!」と感動している。正直、呆れた。

それはさておき、ランチの席で、近くに座った方々と、インドの社会のことや、子どもたちのことなどを、軽くだが話すこともできて、意義深かったと思う。

「たった一度きりの訪問でも、いいのかしら」

とか

「迷惑にならないかしら」

とか、控えめな思いを持つ方も少なからずいらっしゃるようだ。

わたしも、かつてはそう思っていた。

わたしは、自分自身が慈悲の心に富んでいるわけでも、慈善活動に専心しているわけでもない。だからこそ、中途半端なことはやるべきではないかも、と思っていたのだ。

しかし、その中途半端という定義とはなんだろう、とも思うのだ。それを恐れて何もやらないのでは、意味がない。

ただ、自分の暮らしや仕事を営むと同時に、社会に目を向けずにはいられないインド生活のなかで、あくまでも自分ができることを、無理なく続ける方法を模索しても、悪くはないだろう。

ミューズ・クリエイションの活動について、異論を唱える方もあるだろうが、人それぞれ、やり方がある。なんでも、やってみなければわからない。

これまで、いくつもの団体を訪問して来たが、先方に迷惑をかけるようなことだけはしない、という最低条件のもと、動いて来た。その結果、何かが問題になったことは一度もない。

つながりは、続いている。

いや、たとえ齟齬があったとしても、それを懸念していたのでは、なにも始まらない。

お互いに、何かを思いやる気持ちがあれば、温かな気持ちを交換することができるはずだと、少なからずの自負心を持って、活動をしている限りだ。

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この子どもたちは、これから先、決して、今日の日のことを忘れないだろう。

日本のアンティたちと、歌ったり、魚釣りをしたことは、間違いなく彼らの記憶に刻まれるはずだ。

人の意識や考えや人生を変えるような出来事は、往々にして、「一瞬の出来事」から発している。

わたしがこうしてインドにいるのも、1996年7月7日、マンハッタンの書店のスターバックスで、アルヴィンドと相席になったからこそ。

と、自分のことはさておき、今日の出来事が、誰かの人生に、変化を与えるかもしれない。

いや、たとえ、なんの影響力がなかったとしてもだ。前向きな心持ちで、人々と交流し合えるということは、幸せなことである。

「ミューズ・クリエイションの活動には参加できないけれど、慈善団体訪問には同行したい」

とか、

「わたしは不器用なので、ミューズ・クリエイションに入っても、迷惑をかけるだけかも」

という声をもまた聞くのだが、そういう遠慮は一切なさらず、この敷居のない活動に参加していただければと思う。どんなに、果てしなく不器用な人にでも、やっていただけることは、必ずあるので。

そして、「なんか違うな」と思ったら、やめてもらっても、いっこうに差し支えない。

入会、退会、自由自在、敷居もしがらみもない、ミューズ・クリエイション。関心のある方、どうぞお気軽に、連絡をいただければと思う。

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